2018年7月24日火曜日

東博の「縄紋」展

たまにはミツバチ以外の話題を。

横浜で同窓会があって上京したので、東博の特別展『1万年の美の鼓動 縄紋』を覗いてみた。とても半日ほどで見切れる内容ではなかったが、さすが東博の充実した展示だった。国宝の土器・土偶はすべて含まれるが、「土偶 縄文のビーナス」と「土偶 仮面の女神」は期間限定で731日以降でないと見られない。

体調がいまひとつで集中しきれなかったが、強烈な印象を残した土偶がひとつあった。それは「第4章 縄文美の最たるもの」で、国宝の土器・土偶だけを陳列した一角にあった「縄文の女神」(山形県舟形町 縄紋中期)だ。それぞれ個性的な国宝の土偶のなかでもこれは他と隔絶している。造形の高度の抽象性と洗練された面の構成は作者個人の属性からくるものか、それともその時代とその土地の人々が共有していた感性によるものなのか。わずかに、背中から腰へ掛けて滑らかに拭い取ったような曲面や頭部の髪型というか被り物のようなものに、プレースホルダーのみでまだ展示されていない「縄文のビーナス」(長野県茅野市 縄紋中期)と共通するものが感じられる。

  

 


縄文のビーナス 茅野市閃石縄紋考古館

縄文土器を日本の美術の原点とか源流とかいう表現を目にするが、火炎型土器や遮光器土偶のもつ力強い3次元的な空間認識と、琳派などに代表される平面的で限定的な形状処理のどこに連続性が感じられるのだろうか。DNA解析の深化や実験考古学の進展により現代日本人のルーツが徐々に解明されつつある。ただ同じ国土からこれらの土器が出土するというだけで、原点の源流のといわれても馴染めない。縄紋時代から現代まで通底する美意識のあることを、いやおうなく納得できる「縄紋」展をこの東博で鑑賞できる日がくるだろうか。

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